ひふみ神示第四巻 天つ巻 第一帖~第三帖

 ひふみ神示より

  【天の巻 第一帖

 二二は晴れたり日本晴れ、二二に御社してこの世治めるぞ。

五大州ひっくり返りてゐるのが神には気に入らんぞ。一の大神様まつれ、二の大神様まつれよ、三の大神様まつれよ、天の五三体の大神様、地の御三体の大神様まつれよ、天から神神様御降りなされるぞ、地から御神神様おのぼりなされるぞ、天の御神、地の御神、手をとりてうれしうれしの御歌うたはれるぞ。〇(の中にゝ)の国は神の国、神の肉体ぞ、汚してはならんとこぞ。

              八月の三十一日、一二のか三。

 

   第二帖

 これまでの改造は膏薬張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、文(フミ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界ののみでなく神界も引つくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな、富や金(キン)を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神神様にも分かりては居らんのざぞ、星の国、星の臣民今はえらい気張り様で」、世界構うやうに申してゐるが、欲しではダメだぞ、神の御力でないと何も出来はせんぞ、八月三十一日、一二〇(の中にゝ)。

 

  第三帖

 一日のひのまにも天地引繰り返ると申してあろがな、ビックリ箱が近づいたぞ、九、十に気付けと、くどう申してあろうがな、神の申すこと一分一厘ちがはんぞ、ちがふことならこんなにくどうは申さんぞ、同じことばかり繰り返すと臣民申して居るが、この方の申すことみなちがってゐることばかりぞ、同じこと申していると思ふのは、身魂曇りてゐる証拠ぞ。改心第一ぞ。             八月三十一日、一二〇(の中にゝ)。

ひふみ神示 富士=普字の巻 第二十六帖

ひふみ神示より

 【富士=普字の巻 第二十六帖

 

 戦は一度おさまる様に見えるが、その時が一番気つけねばならぬ時ぞ、向ふの悪神は今度は〇(の中にゝ)元の神を根こそぎに無きものにして仕まふ計画であるから、その積りでフンドシ締めて呉れよ、誰も知れんやうに悪の仕組みしてゐること、神にはよく分かりてゐるから心配ないなれど、臣民助けたいから、神はじっとこれへてゐるのざぞ、八月の三十日、〇(の中にゝ)のひつ九の〇(の中にゝ)。

 

  第二十七帖

 神の堪忍袋切れるぞよ、臣民の思ふやうにやれるなら、やりて見よれ、九分九厘でグレンと引っ繰り返ると申してあるが、これからはその場でひっくり返る様になるぞ。誰もよう行かん、臣民の知れんところで何してゐるのぞ、神には何も彼も分かりてゐるのざと申してあろうがな、早く兜脱いで神にまつはりて来いよ、改心すれば助けてやるぞ、鬼の目にも涙ぞ、まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ、どんな悪人も助けてやるぞ、どんな善人も助けてやるぞ。

江戸と申すは東京ばかりでないぞ、今の様な都会みなエドであるぞ、江戸は何うしても火の海ぞ。それより外やり方ないと神々様申して居られるぞよ。秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、臣民かれて根の残らぬようなことになりても知らんぞよ、神のこのふみ早う知らしてやって呉れよ。

八と十八と五月と九月と十月に気つけて呉れよ、これでこの方の神示の終わりぞ。この神示は富士(二二)の巻として一つに纏めておいて下されよ、今に」宝となるのざぞ。

   八月の三十日、〇(の中にゝ)のひつ九〇(の中にゝ)。

 

                       (富士の巻了)】

ひふみ神示 富士=普字の巻 第二十五帖

  ひふみ神示より

 【第二十五帖

 世界の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神疑はぬようになされよ、神疑ふと気の毒出来るぞ。

 いよいよとなりたら、どこの国に臣民といふことないぞ、大神様の掟通りにせねばならんから、可愛い子ぢやとて容赦出来んから、気つけてゐるのざぞ、大難を小難にまつりかへたいと思へども、今のやり方は、まるで逆様ざから、何うにもならんから、いつ気の毒出来ても知らんぞよ。 

 外国から早く分かりて、外国にこの方祀ると申す臣民沢山出来る様になりて来るぞ。それでは神の国の臣民申し訳ないであろうがな、山にも川にも海にもまつれと申してあるのは、神の国の山川ばかりではないぞ、この方世界の神ぞと申してあろうがな。

 裸になりた人から、その時から善の方にまわしてやると申してあるが、裸にならねば、なるやうにして見せるぞ、いよいよとなりたら、苦しいから今の内ざと申してあるのぞ。

 凡てをてんし様に献げよと申す事、日本の臣民ばかりでないぞ、世界中の臣民みなてんしに捧げなならんのざぞ。

        八月の三十日、〇(の中にゝ)のひつ九のか三 】

                    

ひふみ神示 富士=普字の巻 第二十四帖

 ひふみ神示より

 

  【第二十四帖

 富士(ココ)を目指して攻め寄する、大船小船あめの船、赤鬼青鬼黒鬼や、おろち悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空蔽ひ、海を埋めて忽ちに、天日暗くなりにけり、折しもあれや日の国に、一つの光現はれぬ、これこそ救ひの大神と、救ひ求むる人々の、目にうつれるは何事ぞ、攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にドッと雨ふらす、火の雨何ぞたまるべき、まことの神はなきものか、これはたまらぬ兎も角も、生命あっての物種と、兜を脱がんとするものの、次から次にあらわれぬ、折しもあれや時ならぬ、大風起こり雨来り、大海原には竜巻や、やがて火の雨地震ひ、山は火を吹きどよめきて、さしもの敵も悉く、この世の外にと失せにけり、風やみ雨も収まりて、山川静まり国土の、ところところに白衣(しろきぬ)の、神のいぶきに甦る、御民の顔の白き色、岩戸ひらけぬしみじみと、大空仰ぎ神を拝み、地に跪き御民らの目にすがすがし富士の山、富士は晴れたり日本晴れ、普字は晴れたり岩戸(一八十)あけたり。

 

    八月の三十日、〇(の中にゝ)の一二の〇(の中にゝ)】

 

 

 立て替え立て直しの後のミロクの世の始まりの場面だと思います。何度も読んだのですが、今回は 「御民の顔の白き色」 のところで、アレ?これは…と。。。。

YOU TUBEの坂本塾の動画で坂本先生がおしゃっていたのが、

・かつて(超古代?)日本人は黄色人種ではなく白人種(今の白人の定義ではなく、五色人の白の種族)で、背も高く、金髪、緑の目だった 

・厳しい食糧難になり、当時の天皇黄色人種の小さいDNAを入れて小さい人種にして食糧難を逃れた

 などなど。他にも興味深いことが多いので、けっこう観させてもらいました。

残念ながら、ひふみ神示は嘘とおっしゃっているようですけどね。

まぁ、嘘でも何でも要は、自分で良いと思うこと、大切だと思うことを素直に淡々とやっていけばいいかなと思っております。心と言動と行動を一致させ、体も心も掃除洗濯してキレイに生きていきたい それでいいんじゃないかなぁと。

 

    では。

 

追)説明不足でした。

他の帖で、「一旦、仮死状態になっている臣民を、神が拾い上げる」という所がありまして、神からはわかるそうなのです。印がついているだか、光っているだか忘れましたけど、とにかく、「生かす者は神が拾い上げて嬉し嬉れしのミロクの世につれていく」とありますので、仮死状態の時は「神のいぶきに甦る、御民の顔の白き色」、元の白い種族の姿なのかなと思ったのです。

そして、消滅?させる者はどこに逃げても逃げられず消される みたいな事が書いてあります。

 今度の立替え立て直しは最後というか…、今生でどの段階に行くか最終決定のようです。今までのように、今生ステップアップできなかったら輪廻転生してやり直すことは無い ときっぱり書いてあります。生まれて来る前よりレベルが下がって元のところには帰れないことも多々あるので心して生きよ みたいな事も書いてあります。

 

 「お天道様が見ている」「天知る、地知る、我知る、人知る」

 

 では。

 

 

 

 

 

ひふみ神示 富士=普字の巻 第二十一帖~第二十三帖

 ひふみ神示より

 【 第二十一帖

 神の申すこと何でも素直にきくやうになれば、神は何でも知らしてやるのぞ。

 配給のことでも統制のことも、わけなく出来るのぞ。臣民みな喜ぶやうに出来るのぞ、何もかも神に供へてからと申してあろがな、山にも川にも野(ぬ)にも里にも家にも、それぞれに神祀れと申してあろがな、ここの道理よくわかわんか。

 神は知らしてやりたいなれど、今では猫に小判ぞ、臣民神にすがれば、神にまつはれば、その日からよくなると申してあろがな、何も六ヶ敷いことでないぞ、神は無理言はんぞ、この神示読めば分かる様にしてあるのざから役員早う知らして縁ある臣民から知らして呉れよ。

 印刷出来んと申せば何もしないで居るが、印刷せいでも知らすこと出来るぞ、よく考へて見よ、今の臣民、学に囚へられて居ると、まだまだ苦しい事出来るぞ、理屈ではますます分からんやうになるぞ、早う神まつれよ、上も下も、上下揃えてまつりて呉れよ、てんし様にまつはれよ、その心が大和魂ぞ、益人のます心ぞ、ますとは弥栄のことぞ、神の御心ぞ、臣民の心も神の御心と同じことになって来るぞ、世界中一度に唸る時が近づいて来たぞよ。

 

   八月の二十八日、〇(の中にゝ)のひつ九のかみふで。

 

    第二十二帖

まつりまつりと、くどく申して知らしてあるが、まつり合はしさへすれば、何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、悪も善もないのぞ、まつれば悪も善ぞ、まつらねば善もないのぞ、この道理分かりたか、祭典と申して神ばかり拝んでゐるやうでは何も分からんぞ。

 そんな我れよしでは神の臣民とは申せんぞ、早うまつりて呉れと申すこと、よくきき分けて呉れよ。

われがわれがと思ふてゐるのは、調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ、鼻高となればポキンと折れると申してある道理よく分らうがな、この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは、慢心と取りちがひは調和(まつり)の邪魔になるからぞ。

 ここまでわけて申さばよく分かるであろう、何事も真通理(まつり)が第一ぞ。

 

  八月の二十九日、〇(の中にゝ)の一二〇(の中にゝ)。

 

  第二十三帖

 世界は一つになったぞ、一つになって神の国に攻め寄せて来ると申してあることが出て来たぞ。臣民にはまだ分かるまいなれど、今に分かりて来るぞ、くどう気つけて置いたことのいよいよが来たぞ。覚悟はよいか、臣民一人一人の心も同じになりて居ろうがな、学と神の力との大戦ぞ、神国(かみぐに)の神の力あらはす時が近うなりたぞ。

 今あらはすと、助かる臣民殆どないから、神は待てるだけ待ちてゐるのぞ、臣民もかあいいが、元をつぶすことならんから、いよいよとなりたら、何んなことありても、ここまでしらしてあるのざから、神に手落ちあるまいがな。 いよいよとなれば、分かっていることなれば、なぜ知らさぬのぞと申すが、今では何馬鹿なと申して取り上げぬことよく分かってゐるぞ。 

 因縁のみたまにはよく分るぞ、この神示読めばみたまの因縁よく分かるのぞ、神の御用する身魂は選りぬいて引張りて居るぞ、おそし早しはあるなれど、いづれは何うしても、逃げてもイヤでも御用さすようになりて居るのぞ。

 北に気つけよ、東も西も南も何うする積りか、神だけの力では臣民気の毒出来るのぞ、神と人との和のはたらきこそ神喜ぶのぞ、早う身魂みがけと申すことも、悪い心洗濯せよと申すことも分かるであろう。

 

     八月の三十日、〇(の中にゝ)の一二か三。  】

 

 

ひふみ神示 富士=普字の巻 第二十帖

 声に出して読むようにとのことです。

  ひふみ神示より

 【二十帖

 今のうちに草木の根や葉を日に干して貯えておけよ、保持(うけもち)の神様お怒りざから、九十四は五分位しか食べ物とれんから、その積りで用意しておいて呉れよ。

神は気もない時から知らして置くから、この神示(ふで)よく読んで呉れよ。

一握りの米に泣くことあると知らしてあろがな、米ばかりでないぞ、何もかも

臣民もなくなるところまで行かねばならんのぞ、臣民ばかりでないぞ、神々様さへ無くなる方あるぞ。臣民と云ふものは、目の先ばかりより見えんから、呑気なものであるが、いざとなりての改心は間に合はんから、くどう気つけてあるのぞ。

日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより外には道ないぞ、それで神々様を祀りて上の御方から下々からも朝に夕に言霊がこの国満つ世になりたら神の力現はすのぞ。

江戸に先づ神まつれと、くどう申してあることよく分かるであろがな。

 

    八月二十七日、(〇の中にゝ)のひつ九のか三。  】

 

ひふみ神示 富士=普字の巻 第十九帖

 ひふみ神示より

 【第十九帖

 神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震かみなりばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何とした事ぞ、と口あいたまま何うすることも出来んことになるのぞ、四つん這ひになりて着る物もなく、獣となりて、這ひ廻る人と、空飛ぶやうな人と、二つにハッキリ分かりて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ、火と水の災難が何んなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。

一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ、それが済んでから、身魂磨けた臣民ばかり、神が拾ひ上げて弥勒の世の臣民とするのぞ、どこへ逃げても逃げ所ないと申してあろうがな、高い所から水流れるやうに時に従ひて呉れよ、いざといふときは神が知らして一時は天界へ釣り上げる臣民のあるのざぞ。

人間の戦いや獣の喧嘩位では何も出来んぞ、くどう気附けておくぞ、何よりも改心が第一ぞ。

   八月の二十六日、(〇の中にゝ)のひつくのかみ。】

 

 

 上からみるとお見通しなので、とにかく体と魂を磨くのが一番ということだそうです。(身魂磨きの初めには、膿が出るというか、一見良くないことが出てくるけれど、それは後から思えば、そのお陰でかえって良かったと感じると思います。膿が出てしまえば、嫌なことはそんなに起こらなくなるそうです。)

言葉と心と行いが一致するのも大事なことだそうです。

この立替え立て直しは、無くすことは無理みたいですが、最悪なレベルの大難から小難にしていただくにも、我々人類の心や生き方次第のようですね。

神様というか、上、創造主、サムシンググレート…色々な表現をされますが、哲学者、数学者だけでなく超一流の科学者は「どうも宇宙には意思があるらしい」に行きつくようです。

 奢らず謙虚に素直に正直に、そして明るくがいいみたいです。