ひふみ神示 上つ巻 第二十一帖

ひふみ神示より

 

「 世の元の大神(かみ)の仕組といふものは、神々にも分からん仕組であるぞ、この仕組分かりてはならず分からねばならず、なかなかに六ヶ敷仕組であるぞ、知らしてやりたいなれど、知らしてならん仕組ぞ。

外国がいくら攻めて来るとも、世界の神々がいくら寄せて来るとも、ぎりぎりになりたら神の元の神の神力出して岩戸開いて一つの王で治める神のまことの世に致すのであるから、神は心配ないなれど、ついて来れる臣民少ないから、早う掃除して呉れと申すのぞ、掃除すれば何事も、ハッキリと映りて楽なことになるから、早う神の申すやうして呉れよ。

今度はとことはに変らぬ世に致すのざから、世の元の大神でないと分からん仕組みざ。洗濯できた臣民から手柄立てさしてうれしうれしの世に致すから、神が臣民にお礼申すから、一切ごもく捨てて、早う神の申すこと聞いてくれよ。

因縁の身魂は何うしても改心せねばはらんのざから、早う改心せよ、おそい改心なかなか六ヶ敷ぞ。

神は帳面につける様に何事も見通しざから、神の帳面間違ひないから、神の申す通りに、分からんことも神の申す通りに従ひて呉れよ。

初めつらいなれどだんだん分かりて来るから、よく言う事聞いて呉れよ、

外国からせめて来て日本の国丸つぶれといふところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ、江戸も昔のやうになるぞ、神の身体から息出来ぬようにしてゐるが、今に元のままにせなならんことになるぞ。

富士から三十里離れた所へ祀りて呉れよ、富士にも祀りて呉れよ、富士はいよいよ動くから、それが済むまでは三十里離れた所へ、仮に祀りて置いて呉れよ。

富士は神の山ざ、いつ火を噴くか分からんぞ、神は噴かん積もりでも、いよいよとなれば噴かなならんことがあるから、それまでは離れた所へ祀りて呉れよ、

神はかまはねど、臣民の肉体大切なから、肉体もなくてはならんから、そうして祀りて呉れ。まつりまつり結構、六月の二十八日、ひつ九のか三。」