ひふみ神示 富士=普字の巻 第十七、十八帖

 ひふみ神示より

 【富士=普

字の巻 第十七帖

 九十が大切ぞと知らしてあろがな、戦ばかりでないぞ、何もかも臣民では見当とれんことになりて来るから、上の臣民九十に気つけて呉れよ、お上に神祀りて呉れよ、神にまつらうて呉れよ、神くどう申して置くぞ、早う祀らねば間に合わんのざぞ、神の国の山々には皆神祀れ、川々にみな神まつれ、野にもまつれ、臣民の家々にも落つる隈なく神まつれ、まつりまつりて弥勒の世となるのぞ。

臣民の身も神の宮となりて神まつれ、祭祀の仕方知らしてあろう、神は急けるぞ。

        八月二十五日、(〇の中にゝ)のひつ九(〇の中にゝ)。 

 

  第十八帖

 神々様みなお揃ひなされて、雨の神、風の神、地震の神、岩の神、あれの神五柱七柱、八柱、十柱の神々様がチャンとお心合わしなされて、今度の仕組みの御役きまりてそれぞれに働きなされることになりたよき日ぞ。

辛酉(かのととり)はよき日と知らしてあろがな。これから一日々々烈しくなるぞ、臣民心得て置いて呉れよ、物持たぬ人、物持てる人より強くなるぞ、泥棒が多くなれば泥棒が正しいと言ふことになるぞ、理屈は悪魔と知らしてあろうが、保持(うけもち)の神様ひどくお怒りぞ、臣民の食ひ物、足りるやうに作らしてあるに、足らぬと申してゐるが、足らぬことないぞ、足らぬのは、やり方わるいのざぞ、食ひて生くべきもので人殺すとは何事ぞ。

それぞれの神様にまつはればそれぞれの事、何もかなふのぞ、神にまつらはずに、臣民の学や智恵が何になるのか、底知れてゐるではないか。

戦には戦の神あるぞ、お水に泣くことあるぞ、保持の神様御怒りなされてゐるから早やう心入れかへてよ、この神お怒りになれば、臣民日干しになるぞ。

 

          八月の辛酉の日、ひつくのか三さとすぞ。  】