ひふみ神示 下つ巻 第十四帖

 ひふみ神示より

 

【  第十四帖

 臣民ばかりでないぞ、神々様にも知らせなならんから、なかなか大層と申すのぞ。

一二三(ひふみ)の仕組とは、永遠(とは)に動かぬ道のことぞ、

三四五(みよいづ)の仕組とは、みよいづの仕組ぞ、御代出づとは神の御代になることぞ、この世を神の国にねり上げることぞ、神祀りたら三四の御用にかかるから、その積もりで用意して置いて呉れよ。

 この神は世界中の神を臣民と、けだものも草木もかまはねばならんのざから、御用いくらでもあるぞ。

神様と臣民同じ数だけあるぞ。

それぞれに神つけるから、早う身魂みがいて呉れよ、みがけただけの神をつけて、天晴れ後の世に残る手柄立てさすぞ。

 小さいことはそれぞれの神にきいて呉れよ、一人ひとり、何でもききたいことは、病直すことも、それぞれの神がするから、サニワでお告げうけて呉れよ、この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。病も直してやるぞ、この神たよりたなら、身魂みがけただけの神徳あるぞ。

 この世始まってない今度の岩戸開きざから、これからがいよいよぞ。飛んだところに飛んだこと出来るぞ。

それはみな神がさしてあるのざから、よく気つけて居れば、さきの事もよく分かるようになるぞ。 

 元の神代に返すと申すのは喩へでないぞ。

 七から八から九から十から神烈しくなるぞ、臣民の思う通りにはなるまいがな、それは逆立ちしてゐるからぞ。

 世界一度にキの国にかかりて来るから、一時は潰れたやうに、もうかなはんと云ふところまでになるから、神はこの世に居らんと臣民申すところまで、むごいことになるから、外国が勝ちたやうに見える時が来たら、神の代近づいたのぞ、いよいよとなりて来ねば分からん様では御用出来んぞ。

   七月の二十日、ひつ九のか三。  】

 

 

ひふみ神示 下つ巻 第十三帖

ひふみ神示より

【  第十三帖

 逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたけれど、そんなこと長う続かんぞ。

あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな、上にゐては足も苦しからうがな、

上下逆様と申してあるが、これでよく分かるであろう、足はやはり下の方が気楽ぞ、

あたま上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかりうつるぞ、この道理分かりか。

岩戸開くとは、元の姿に返すことぞ、神の姿に返すことぞ。

 三(みち)の役員は別として、あとの役員のおん役は手、足、目、鼻、口、耳などぞ。

人の姿見て役員よく神の心悟れよ、もの動かすのは人のような組織でないと出来ぬぞ。

この道の役員はおのれが自分でおのづからなるのぞ、それが神の心ぞ。

 人の心と行ひと神の心が融けたら、それが神の国のまことの御用の役員ぞ、このどおり分かりたか。

 この道は神の道ざから、神心になると直ぐ分かるぞ、金銀要らぬ世となるぞ。

御用うれしくなりたら神の心に近づいたぞ、手は手の役、うれしかろうがな、

足は足の役、うれしかろがな、足はいつまでも足ぞ。手はいつまでも手ぞ、それがまことの姿ぞ、逆立ちして手が足の代わりしてゐたからよく分かりたであろうがな。

 いよいよ世の終わりが来たから役員気つけて呉れよ。神代近づいてうれしいぞよ。

日本は別として世界七つに分けるぞ、今に分かりて来るから、静かに神の申すこと聞いて置いて下されよ。

 この道は初め苦しいが、だんだんよくなる仕組ぞ、わかりた臣民から御用つくりて呉れよ、御用はいくらでも、どんな臣民にでも、それぞれの御用あるから、心配なくつとめて呉れよ。

   七月の十八日の夜、ひつくのか三。 】

 

ひふみ神示  下つ巻 第十一帖 第十二帖

ひふみ神示より

 

【  第十一帖

 けものさへ神のみ旨に息せるを神を罵る民のさわなる。

草木さへ神の心に従ってゐるではないか、神のむねにそれぞれ生きてゐるでないか、

あの姿に早う返りて呉れよ、青人草と申すのは草木の心の民のことぞ。

 道は自分で歩めよ、

 御用は自分でつとめよ、

人がさして呉れるのでないぞ、自分で御用するのぞ、

道は自分で開くのぞ、人頼りてはならんぞ。

      七月の十八日、ひつくのか三。

 

 

  第十二帖

 この神は日本人のみの神でないぞ。

自分で岩戸開いて居れば、どんな世になりても楽にゆける様に神がしてあるのに、

臣民といふのは慾が深いから、自分で岩戸しめて、それでお陰ないと申してゐるが困ったものぞ。

 早う気づかんと気の毒出来るぞ。

初めの役員十柱集めるぞ。早うこの神示写して置いて呉れよ、神急けるぞ。

    七月の十八日、ひつ九の”〇の中にゝ”。

ひふみ神示 下つ巻 第七帖 第八帖 第九帖 第十帖

ひふみ神示より

【 第七帖

 この神示(ふで)読んでうれしかったら、人に知らせてやれよ、しかし無理には引張って呉れるなよ。

この神は信者集めて喜ぶような神でないぞ、世界中の民みな信者ぞ、それで教会のやうなことするなと申すのぞ、世界中大洗濯する神ざから、小さいこと思うてゐると見当とれんことになるぞ。

 一二三祝詞(ひふみのりと)するときは、神の息に合はして宣(の)れよ、

神の息に合はすのは三五七・三五七に切って宣れよ。

しまひだけ節(ふし)長くよめよ、

それを三たびよみて宣りあげよ。

天津祝詞の神ともこの方申すぞ。

   七月十九日、一二”〇の中にゝ” 

 

  第八帖

 この神示(ふで)皆に読みきかして呉れよ。

一人も臣民居らぬ時でも声出して読んで呉れよ、

まごころの声で読んで呉れよ、

臣民ばかりに聞かすのでないぞ、

神々さまにも聞かすのざから、その積もりで力ある誠の声で読んで呉れよ。

    七月十七日、ひつ九のか三。

 

 

  第九帖

 今度の戦は”〇の中にゝ” と〇との大戦ぞ。

神様にも分からん仕組が世の元の神がなされてゐるのざから、下(しも)の神々さまにも分からんぞ。

 何が何だか誰れも分からんやうになりて、どちらも丸潰れと云ふ所になりた折、大神のみことによりておの方らが神徳出して、九分九厘という所で、神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして、悪のかみも改心せなならんやうに仕組てあるから、神の国は神の力で世界の親国になるのぞ。

 ”〇の中にゝ”と〇とは心の中に「ゝ」があるか「ゝ」がないかの違ひであるぞ。

この方は三四五(みよいづ)の神とも現われるぞ。

 江戸の御社(みやしろ)は誰でも気楽に来て拝める様に置いて呉れよ、

この方の神示(ふで)書く役員、神示うつす役員、神示説いてきかす役員要るぞ、

役員は人の後ろについて便所を掃除するだけの心得ないとつとまらんぞ、

役員づらしたら直ぐ替身魂使ふぞ。

    七月の十七日、一二のか三。

 

 

   第十帖

  八月の十日には江戸に祭りて呉れよ。

アイウは縦ぞ、アヤワは横ぞ、縦横揃うて十となるぞ、

十は火と水ぞ、縦横結びて力出るぞ。

 何も心配ないからドシドシと神の申す通りに御用すすめて呉れよ。

臣民は静かに、神は烈しきときの世近づいたぞ。

    七月の十七日、一二”〇の中にゝ”

ひふみ神示 下つ巻 第五帖 第六帖

ひふみ神示より

【 第五帖

 江戸に神と人との集まる宮建てよ、建てると申しても家は型でよいぞ、仮りのものざから、人の住んでゐる家でよいぞ、”〇の中にゝ”の石まつりて、神人祭りて暮れよ。それが出来たら、そこでお告げ書かすぞ。

 淋しくなった人は集まりてその神示(ふで)見てよ、神示見れば誰でも蘇るぞ。

この神示うつす役要るぞ、この神事印刷してはならんぞ。

 神の民の言葉は神たたえるものと思へ、てんし様たたえるものと思へ、人ほめるものと思へ、それで言霊幸(さき)はふぞ、それが臣民の言葉ぞ。

 わるき言葉は言ってはならんぞ。言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れん様にな。

  七月の十五日、ひつくのかみのふで。  

 

 

  下つ巻 第六帖

 今までの神事縁ある臣民に早う示して呉れよ、神神さま臣民まつろひて言答(いわと)開くもと出来るがら、早う知らせて呉れよ、誰でも見て読める様に写して神前に置いて、誰でも読めるやうにして置いて呉れよ役員よく考へて、見せるとき間違へぬ様にして呉れよ、

   七月十五日、ひつくのか三神示。】

ひふみ神示 下つ巻 第三帖、第四帖

ひふみ神示より

【 第三帖

 この神の真の姿見せてやる積もりでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、石にほらせてみせておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、それが神の或る活動の時の姿であるぞ、神の見せ物にしてはならんぞ、お山の骨もその通りぞよ、これまで見せてもまだ分らんか、何もかも神がさしてあるのぞ。

 心配いらんから慾出さずに、素直に御用きいて下されよ、今度のお山開きまこと結構であるぞ神が烈しくなると、神の話より出来んことになるぞ、神の話結構ぞ。

   七月の十三日、ひつ九のかみ。

 

  第四帖

 早く皆のものに知らして呉れよ、神急けるぞ。

お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのに、まだ気が附かんか、それを見ても神が使ってさして居ること、よく分かるであろうが、それで素直に神の申すこと聞いて呉れて我(が)を出すと申しててゐるのぞ、何事も神にまかせて取り越し苦労するなよ、我が無くてもならず、我があってもならず、今度の御用なかなか六ヶ敷いぞ。

 五十九の石の宮出来たから五十九のイシ身魂いよいよ神が引き寄せるから、しつかりして居りて下されよ、今度の五十九の身魂は御苦労の身魂ぞ。

人のようせん辛抱さして、生き変り死に変り修行さして置いた昔からの因縁の身魂ざから、みごと御用つとめ上げて呉れよ。

 教会作るでないぞ、信者作るでないぞ、無理に引張るでないぞ。

この仕組知らさなならず、知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。

   七月の十三日、ひつくのか三。】

 

  追々出てきますが、

ひふみ神示、ひふみ新世紀(太神の布告)、岡本天明伝 によりますと、

宇宙が始まってから6度の大立替えがあり、今度は7度目の大立替えだそうで、「みろくの世」といわれるユートピアが到来すると言われています。

 岩戸は五度閉められているそうです。詳しくはまた。

 

ひふみ神示 下つ巻 第二帖

ひふみ神示より

【 第二帖

 今度岩戸開く御用は、人の五倍も十倍も働く人でないとつとまらんぞ。

岩戸開くと申しても、それぞれの岩戸あるぞ、大工は大工の岩戸、左官左官の岩戸と、それぞての岩戸あるから、それぞれ身魂相当の岩戸開いて呉れよ。

 慾が出るとわからんことに、盲になるから、神、気つけるぞ、

神の御用と申して自分の仕事休むやうな心では神の御用にならんぞ、どんな苦しい仕事でも今の仕事十人分もして下されよ。

 神は見通しざから、つぎつぎによき様にしてやるから、慾出さず、素直に今の仕事致して居りて呉れよ、その上で神の御用して呉れよ。

 役員と申しても、それで食ふたり飲んだり暮らしてはならん、それぞれに臣民としての役目あるぞ、役員づらしたら、その日から代わりの身魂(もの)出すぞ、鼻ポキンと折れるぞ、神で食うて行くことならんから、呉れ呉れも気をつけて置くぞ。

  七月の三日 ひつ九のか三。 みなの者御苦労であったぞ。】