ひふみ神示 富士=普字の巻 第四帖 五帖

ひふみ神示より

【富士の巻 第四帖

 一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の元の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万却末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。

今度お役きまりたらそのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。

    八月十三日、〇(〇の中にゝ)ひつくのか三。

 

 富士の巻 第五帖

 喰うものがないと申して臣民不足申してゐるが、まだまだ少なくなりて、一時は喰う物も飲む物もなくなるのぞ、何事も行(ぎょう)であるから喜んで行してくだされよ。

滝に打たれ、蕎麦粉喰うて行者は行してゐるが、断食する行者もゐるが、今度の行は世界の臣民みな二度とない行であるから、厳しいのぞ、この行出来る人と、よう我慢出来ない人とあるぞ、この行出来ねば灰にするより外ないのぞ、今度の御用に使ふ臣民はげしき行さして神うつるのぞ。

今の神の力は何も出ては居らぬのぞ。

この世のことは神と臣民と一つになりて出来ると申してあろがな、早う身魂みがいて下されよ。

外国は〇、神の国はゝと申してあるが、ゝは神ざ、〇は臣民ぞ、〇ばかりでも何も出来ぬ、ゝばかりでもこの世のことは何も成就せんのぞ、それで神かかれるやうに早う大洗濯して呉れと申してゐるのぞ、神急(せ)けるぞ、この御用大切ぞ、神かかれる肉体沢山要るのぞ。今度の行は〇を綺麗にする行ぞ、掃除出来た臣民から、よき御用に使って、神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。

神の臣民、掃除洗濯出来たらこの世の戦は勝つのぞ、今は一分もないぞ、一厘もないぞ、これで神国の民と申し江威張ってゐるが、足許からビックリ箱があいて、四ツん這ひになっても助からぬことになるぞ、穴掘りて逃げても、土もぐってゐても灰になる身魂は灰ぞ、

どこにゐても助ける臣民行って助けるぞ、神が助けるのでないぞ、神助かるのぞ、臣民も神も一緒に助かるのぞ、この道理よく腹に入れて呉れよ、この道理分かり多良神の仕組はだんだん分かりて来て、何といふ有難い事かと心だうつも春になるぞ。

   八月十四日の朝、 〇(〇の中にゝ)のひつ九の〇(〇の中にゝ)】

 

 

富士=普字の巻 第三帖

 ひふみ神示より

 

【  第三帖

 メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。

神界ではその戦の最中ぞ。学と神力との戦いと申しておろがな、どこから何んなこと出来るか、臣民には分かるまいが、一寸先も見えぬほど曇りて居りて、それで神の臣民と思うてゐるのか、畜生にも劣りてゐるぞ。まだまだわるくなって来るから、まだまだ落ち沈まねば本当の改心出来ん臣民沢山あるぞ。玉とは御魂ぞ、鏡とは内に動く御力ぞ、剣とは外に動く御力ぞ、これを三種(ミクサ)の神宝(カムタカラ)と申すぞ。今は玉がなくなってゐるのぞ、鏡と剣だけぞ、それで世が治まると思うてゐるが、肝腎の真中ないぞ、それでちりちりばらばらぞ。アとヤとワの詞(四)の元要るぞと申してあろがな、この道理わからんか、剣と鏡だけでは戦勝てんぞ、それで早う身魂みがいて呉れと申してあるのぞ。

上下ないぞ、上下に引繰り返すぞ、もう神待たれんところまで来てゐるぞ、身魂みがけたら、何んな所で何んなことしてゐても心配ないぞ、神界の都にはあくが攻めて来てゐるのざぞ。

   八月の十二日、〇(〇の中にゝ)のひつくの〇(〇の中にゝ)。】

 

富士=普字の巻(全廿七帖) 

ひふみ神示より

 

【 富士の巻 第一帖

 道はいくらもあるなれど、どの道通っても、よいと申すのは、悪のやり方ぞ、元の道は一つぞ、初めから元の世の道、変わらぬ道があれば、よいと申してゐるが。どんなことしても我さへたてばよいように申してゐるが、それが悪の深き腹の一厘ぞ。

元の道は初めの道、神のなれる道、神のなかのゝなる初め、ゝは光の真中の〇(〇の中にゝ)は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。[一が二]

わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかるのざ、身魂磨き第一ぞ。

   八月十日、〇(〇の中にゝ)の一二〇(〇の中にゝ)

 

  第二帖

 か一の八マに立ちて、一(ヒ)れ二(フ)りて祓ひて呉れよ、ひつくの神に事へいている臣民、代る代るこの御役つとめて呉れよ。

今はわかるまいなれど結構な御役ぞ。この神示(フデ)腹の中に入れて置いてくれと申すに、言ふ事きく臣民少ないが、今に後悔するのが、よく分かりてゐるから神はくどう気つけて置くのぞ、読めば読むほど神徳あるぞ、どんな事でも分かる様にしてあるぞ、言ふこときかねば一度は種だけにして、根も葉も枯らして仕まうて、この世の大掃除せねばならんから、種のある内に気つけて呉れど、気づかねば気の毒出来るぞ。今度の祭典(マツリ)御苦労でありたぞ、神界では神々様大変の御喜びぞ、雨の神、風の神殿ことに御喜びになりたぞ。此の大掃除一応やんだと安堵する。この時、富士(二二)鳴門がひっくり返るぞ。早やう改心して呉れよ。

   八月の十一日、〇(〇の中にゝ)のひつくの〇(〇の中にゝ)。】

 

ひふみ神示 下つ巻 第三十八帖

ひふみ神示より

 

【  第三十八帖

 富士は晴れたり日本晴れ、これで下つ巻の終わりざから、これまでに示したこと、よく腹に入れて呉れよ。神が真中で取次ぎ役員いくらでもいるぞ、役員はみな神柱ぞ。

国々、ところどころから訪ねて来るぞ、その神柱にはみつげの道知らしてやりて呉よ、日本の臣民みな取次ぎぞ、役員ぞ。

この方は世界中丸めて大神様にお目にかけるお役、神の臣民は世界一つに丸めててんし様に献げる御役ぞ。

この方とこの方の神々と、神の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。

神祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる神示(フデ)書かすぞ、これからが正念場ざから、ふんどし締めてかかりて呉れよ。

秋立ちたら神烈しくなるぞ、富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五(ミヨイズ)となるぞ。

    八月の三日、ひつくのか三。    】

ひふみ神示 下つ巻 第三十七帖

ひふみ神示より

【 ひふみ神示下つ巻 第三十七帖

 

 世が変わりたら天地光り人も光り草も光り、石も物ごころに歌ふぞ、雨もほしい時に降り、風もほしい時に吹くと雨の神、風の神申して居られるぞ。今の世で風雨を臣民がワヤにしているぞ、降っても降れず、吹いても吹かんようになりてゐるのが分からんか。盲つんぼの世の中ぞ。神のゐる場所塞いで居いてお蔭ないと不服申すが、分からんと申しても余りであるぞ。神ばかりでもならず、臣民ばかりではなおならず、臣民は神の入れものと申してあろうが、あめのひつくの民と申すのは、世界治めるみたまの入れもののことぞ、臣民とは一人を守る入れもののことぞ、民草とは一人を守る入れものぞ、ひつくの臣草は神がとことん試しに試すのざから、可愛そうなれど我慢して呉れよ、その変わり御用つとめて呉れたら、末代名を残して、神からお礼申すぞ。

何事も神は帳面につけとめてゐるのざから間違ひないぞ、この世ばかりでないぞ、生まれ代わり死に代わり鍛へてゐるのぞ、ひつくの臣民落ちぶれてゐると申してあろうがな、今に上、下になるぞ、逆立ちがおん返りて、元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、逆立ち苦しかろがな、改心した者から楽にしてやるぞ、御用に使ふぞ。

   八月三日、ひつ九のか三。     】

ひふみ神示 下つ巻 第三十五帖 第三十六帖

 ひふみ神示より

ひふみ神示 下つ巻 第三十五帖

 

 何もかも持ちつ持たれつであるぞ、臣民喜べば神も喜ぶぞ、金では世は治まらんと申 してあるのにまだ金追うてゐる醜しい臣民ばかり、金は世をつぶす本ぞ、臣民、世界の草木まで喜ぶやり方は ”〇の中にゝ” の光のやり方ぞ。

 臣民の生命も長うなるぞ、てんし様は生き通しになるぞ、御玉体(おからだ)のままに神界に入られ、またこの世に出られる様になるぞ、死のないてんし様になるのぞ、それには今のやうな臣民のやり方ではならんぞ、今のやり方ではてんし様に罪ばかりお着せしてゐるのざから、このくらい不忠なことないぞ、それでもてんし様はおゆるしになり、位までつけて下さるのぞ、このことよく改心して、ひとときも早く忠義の臣民となりて呉れよ。

     八月の三日、ひつ九の”〇の中にゝ”。

 

 第三十六帖

 神をそちのけにしたら、何も出来上がらんやうになりたぞ。国盗りに来てグレンと引繰り返りて居ろうがな、それでも気づかんか。

一にも神、二にも神、三にも神ぞ、一にも天詞様、二にも天詞様、三にも天詞様ぞ。

この道つらいやうなれど貫きて呉れよ、だんだんとよくなりて、こんな結構なお道かと申すやうにしてあるのざから、何もかもお国に献げて自分の仕事を五倍も十倍も精出して呉れよ。

 戦位何でもなく終わるぞ。今のやり方ではとことん落ちて仕まうぞ、神くどう気づけて置くぞ、国々の神様、臣民さま改心第一ぞ。

  八月三日、ひつ九のか三。

                                    】

ひふみ神示 下つ巻 第三十四帖

 ひふみ神示より

【 第三十四帖

 臣民はすぐにでも戦すみてよき世が来る様に思うて いるが、なかなかそうはならんぞ、臣民に神うつりてせねばならんのざから、まことの世の元からの臣民幾人もないぞ、みな曇りてゐるから、これでは悪の神ばかりかかりて、だんだん悪の世になるばかりぞ、それで戦すむと思うてゐるのか、自分の心よく見てござれ、よく分かるであろがな、戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかってゐるところぞ、頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ。

一、二、三年が正念場ぞ。三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。

    八月の三日、ひつくのか三。】